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「羽生結弦は捧げていく」より

更新日:2019年3月1日

先日、集英社新書から「羽生結弦は捧げていく」という本が出版されました。

羽生結弦選手の演技の魅力を細かく熱心に発信されている高山真さんの著書です。

その本の中で高志郎くんについて触れられているページがありました。


Amazonの内容紹介では”エレガンスを表現できる島田高志郎は「選ばれた人」”となっていました。内容を読み進めていくと、それよそれ!と手を打ちたくなる言葉の連続です。


その中の一文に「『ジュニア選手のプログラムで、ジャンプよりそれ以外のステップやダンスのほうにはるかに心を鷲掴みにされた』ということに衝撃を受けたのです。」という一文がありました。

そしてその一文を読んで私は衝撃を受けました。


知らなかったことだから衝撃を受けたのではありません。

自分が何年もうまく言葉にできなかった「島田高志郎にひとめぼれをした瞬間」のことを第三者にアッサリと言葉にされたことに、です。

好きを言葉にする力の圧倒的な差を感じる一方で、当時の自分の気持ちがわーっと噴き出し頭の中を駆け巡るのを感じました。ファンになったその瞬間にうまく言葉にできなかった想い、当時のやり場のない気持ちが高山さんの言葉に感化されて言葉の翼を欲してやまない状態です。


2015年のドリームオンアイスで初めて高志郎くんの演技を観た時の衝撃。

運命のプログラムはチャップリンのモダンタイムスとスマイル。

曲調とともに瞬間的に変わる表情とスケーティング。それは激しい曲を激しく、静かな曲を静かにといったレベルではなかった。チャップリンに象徴されるコミカルな表情や動きにとどまらず、笑顔の下に隠すしかない哀愁までもを表現できていたことに他なりません。

楽しそうにしている人も、人を笑顔にできる人も、その人なりの課題や悩みや悲しみを抱えて生きている、笑っていてもそれが全てではないけれど悲しいことばかりでもない、そういうことを感じたからなのです。当時13歳だったノービスあがりの選手からです。

こうして言葉にできるまでに4年かかりましたが、高山さんのおかげで整理できました。


曲に合わせて動くだの音に合わせて動くだのと観客は簡単に評論しますが、氷上で思い通りのタイミングで思い通りの動きをすることはとても難しいことです。プログラムやキャラクターを演じるにあたって私が思うことは、清廉さや哀愁を表現するにはクリアなエッジワークで音の切り替わりや伸びを視覚化できるスケーティング技術が必要であること、そしてコミカルな曲を演じるにあたっては「楽しさや滑稽さ」を伝える表情や踊りができる役者である必要があります。

音に合わせてコミカルさと哀愁の表現を両立できるスケーター、それこそが当時の高志郎くんがもつ年齢にそぐわないとさえ感じさせる才能の片鱗だったのです。


ジュニアの試合や演技を観ることがあっても、その視点が「〇才でこんなに跳べるなんてすごい」だった私にとって高志郎くんの演じるチャップリンが「年齢は関係なく、人に伝えたい想いが溢れている」と感じさせたこと、それこそが初めてジュニア選手に本気でハマるきっかけだったのだと今は言葉にすることができます。

(そして当時どんな想いで演じていたのか、その演技とご家族の関係などは後に知ることになるのですが、それは演技を観た方それぞれが受け取って欲しいと思います。お勧めは2015年の全日本ジュニア、キスクラでの表情まで含めて。)


当時の日記を読み返したらこう書いてありました。

「顔の表情の豊かさ、表現への思い切りの良さが凄い。 好きかも…。 」 好きかもどころかすっかり虜ですね(笑)


もうすぐ世界ジュニア。

表現が凄い、と気になった選手。

表現力には定評がありますと解説され続けてきた選手。

でも今は高難度ジャンプを装備したスケーターになりました。

順位への欲も見せるようになりました。

変わらない魅力もあり、変わる部分もあり、ひとの成長を見させてもらうとはこんなに楽しくて面白くて幸せなことかと、ファン冥利に尽きる想いです。



下記画像は2015DOIパンフレットより



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